平坦に思えるほど緩い坂道を。

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zoom RSS 終わる気がしねえ。

<<   作成日時 : 2006/12/18 16:08   >>

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 昨日は乙女美学校の最終日!であり、卒業の日でもあったワケです(一年次の)。が。
 遅刻しないよーーに細心の注意を払い(3分前に)「ごきげんよう〜〜」と着席してから授業開始まで、ずーーーっと班メイトとの話題は「最後って感じしないよねー」てのが主で、私の目のこと(緑内障についてはまだ保留です。正確なことが判明するまでここには書きません。当たり前ですけども、心の中ではいつもそのことでうっすら暗雲が立ち込めていますよ。明るく振舞っていてもな!)を心配してもらったり〜〜(ありがとうーありがとうー)、お互い普通に近況報告をしあったり、班員乙友の舞台の話をしていたりなど、まさに単なる授業前のひととき!てな感じで〜〜〜
 「うるうる」は一切なし!でした。誰もピンときていない、てゆーかお別れ感がまるでなかったのがおもしろかったです。あーおもしろいは違うかなー。でもおもしろかった。(どっちだ!)
 先生ご登場のときの、あのお決まりの音楽も号令も・・・MC(?)Yさんはいちいち「コレも今日で最後ということで・・・」とか言ってたみたいだけど(・・・みたいて・・・)、さっくり楽しく過ぎてゆき・・・
 最終講義のテーマは「手紙」だったのでした。手紙。ね。島から届いたり、カナダからとか彼方からとか届くあれ、です。
 電脳社会になって久しい現在も、私には幸せなことに数人のペンパル(!!)がおり、お互い大人ですから、そーそー頻繁にやりとりをするわけではないですが、旅先で、オシャレな雑貨屋さんで、気になるポストカードを見ると、ふと「あ、誰々さんにこれ・・・」とか思うことは平均より多いという自信はある・・・(というか、あの学校の生徒さんはみんな筆まめな気がしますけどね。そこらのお嬢さん方に比べて)、
 そんな「手紙」、でありますがーー。
 授業の始めに、芥川大先生が塚本文さんに送ったラブレター!!を参考に読んでいただいたりなどして(これにはほんとにキュンときた。女子は悶絶だよ。あんな人から!!あんな手紙が届いたら!!「心変わりの相手は 僕に決めなよ」の次の次くらいにすごい殺し文句が幾つも・・・・→でもやっぱり一位は不動・・・)――手紙の威力のすごさに一同感心したところで。
 さあ!!以前頼んだオーダーメイド便箋のお出ましです。
 これが!!なんと!私のはできあがってなかったんですけどね!!!嫌な予感はしてたんだけどさー。さすがついてない2006年後半だけはあるよ!!なにからなにまで!!授業時間内に、いの一番に!!とっととありものから選んで提出したってのに、何度もすれ違いがあってーー。
 学校関係者から数日前に<フォントの問い合わせ>電話が入り、今頃フォントって!!と血管が切れそうになったんですが、<授業には間に合います>って明言してたのにさあーー。えーー物理的に間に合わないのでは・・・と思った私の印刷系キャリア数年のカンのほうが当たっていましたね。年内に届けます!すみません!てゆわれたけどさー。精神論じゃどうにもできねーことが世の中にはあるんだよなー(で、今となってはすっかりどうでもいい・・・モチベーション急降下の私)。
 ・・・(閑話休題) 卒業直前のお手紙らしく、御題は「10年後の私へ」です。
 制限時間30分で手紙を書いたんですが、いやー、すぐサラサラゆってたもんね〜〜。書いたりするの好きな人ばっかりなんだと思う。あと手先を使うのが好きな人ばっかりなのもおおいに!あることでしょう。
 で。その手紙の使い道が。これが想像外だったんですが、プレゼント交換の要領でクラス中をぐるぐる回していって、止まったところの、その乙女の「10年後の自分への手紙」をーー10年間保存して、その10年の間連絡をたやさず、引っ越したりしたら即連絡し、季節の変わり目などにもやりとりをし、10年後に無事本人(宛先)に届けてあげる、というものだったのです。
 10年・・・。
 私のところに来た、名前も知らぬ乙女(顔見知りの人ではなかった。見当もつかない横浜在住の誰かさんです。数十人いれば結局知り合いになれる人なんて一握りなのねーー。私の封筒も、<誰この人? なんて読むのこの名前―>とか思ってる誰かさんのところに行ったんだろーと思います)と、私の手紙が手元に届いた乙女と、都合三人で、二つの文通関係ができあがるわけです。10年間な。壮大というか・・・乙女というか・・・とにかくハイテクとは真逆をいく企画ですね。すごーーーーく「先生っぽい」・・・
 ・・・最終回のお茶の時間は、先生プレゼンツ。 ロシア土産の非常――にかわいらしい、お茶とチョコレート(私は現地バージョンのチョコレートもすごく好きだった。ロシア・・・行ってみたい・・・)をいただき、その後は先生から乙女たちへメッセージが読み上げられましたよ(その内容はまとめたりしたくないし、私の胸に仕舞っておきたいので、後略)。
 それから、記念の卒業写真撮影――――!!。シャレたつもりで始業式と全く同じ恰好で登校した私は、最初と最後で図らずも同じカッコの写真になってしまい、決まり悪いったらなかったですが、それも運命というやつなのでしょうよ。もーそんなちまちましたことで動じなくなったからね!! この一年でありがたいことに私は(やややけ気味に)。
 そして。三々五々、涙するものも全くないまま明るく解散〜〜〜。
 学校の前で、乙友と記念撮影などをしたのは「卒業式」ぽかったけど(絵になる校舎よ・・・)、それ以外はほんとに開放的で、自由な感じで。すごく「あの学校らしい〆かた」だったと思います。
 授業後に、班員のR子さんとTGさんと、カフェでべらべら喋ったのも、いつもと変わらずーーだったし。そのなかでおかしかったのは都市伝説というか「学校の噂(怖いハナシじゃないよ)」的なものたち。月に一回の学校でもそーーゆうのってあることないこと生まれるんだなーー21世紀でもな。
 二人とも、来期も「受けたいーーー」と言っていましたし、その前に謝恩会でも会えるんだから悲壮感は全くなし。「おつかれー!」「うーっす!」みたいな感じで(乙女のお別れがこれか!)、日が翳ったころにさよならをしました。
 私の気持ちとしましても、現時点では「来年も通いたいなーー!!」というのが素直なところ。うーん。7割行きそう。かなー。
 ・・・しかし、ここまで書いてきて、今までの日記のなかでもとりわけ!!乙女じゃない仕上がりになってしまったことに驚きを隠せません。私の不徳の致すところでございます。学校は何も悪くない、というか、ほんとーーーに!!素晴らしかった。あそこは。通って本当に!!良かったです。自分を褒めてあげたい。最初に大枚はたいたその思い切りに。
 あそこから随分自分は変わったもんなあーー!!!今はゴタついていることも、結局は「あれでよかったんだ」ってきっと思える日が来ると思うもん。無理にでもするもん(こっちが正解)。

 先生、スタッフの方々、乙友のみなさま、どうもありがとうございました!!と心から感謝の意を述べるしだいです!! 学び舎をあとにしても、私、頑張ります・・・!(2006年もあと二週間を切るある日。角帽を投げながら・・・)

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
リピーターを引きつける為に学校はカリキュラムを毎年多少変えるのかな、やっぱり。人は入れ替わっても内容が全く同じだったら面白くなさそうよね。10年は長そうだけど最近の人生の加速度から行くときっとあっとう間にやって来そうだね。
弥生
2006/12/19 01:56
 おはよー。「進級」というだけあって、同じカリキュラムを二度ではなく、一年生だった人しか二年生のクラスを受講できないのよねー。
 だから、一年勉強したってことを踏まえてー(乙女度がアップしたとはとても思えない私としてはうなだれつつですが)来年度は一年受講した生徒さんが有志で、受けるのです。なので、内容はかなり変わりそうよー。授業のスタイルも変わるみたい。
 とにかくいい学校でした。教える側も教わる側も「きもちいい方たち」(C)大森さん が多くてーーー。あとはお財布のほうがなんとかなればなんですが、仕事が来年一年あるかもわからないし、むずかしーところなのよねー。部屋を出て行きたくもないし。どこかに旅行はいきたいし・・
まき。
2006/12/19 11:03

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