平坦に思えるほど緩い坂道を。

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zoom RSS 入院の思い出 その2.

<<   作成日時 : 2015/05/21 15:13   >>

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 水がたまるには理由があります。肺になにかしらよくないことが起こって、の「拒否反応」だと。
 その問題が「なにか」を特定せんがため血液や胸水(実際私から吸い取った胸の水)を分析するのですが、初日の胸水は数値的に「病名としてはっきり名づけられるものがない」くらいだったので、
 ひとまず点滴でしこたま抗生剤を注入し続けることになりました。(単なる「炎症」かもしれないから)
 点滴経験のないひとにはピンとこないかもしれませんが、ピアス以外ビタイチ体につけたくない(ピアスだって帰宅したら即外す)、ファンデも塗らない、下着も極力、みたいな人間にとって「違和感」だけでもそいつは敵。プラス「常にちょっと痛い」とか「不自由きわまりない」とか、も〜やだやだやだ!!!
 とはいえ。打つときは決まってンなことよりはるかにおぞましい状況下なものですから、「ここから解放されるならなんでもしてくれ〜!!!」てんで〜受け入れるわけです。血液直結で体内に取り込む威力は内服薬なんかとは段違いだもんネ〜。
 つって。やむなく真摯にやっておったのだけれども。3、4日してレントゲンを撮ったところ…信じられない!
 根こそぎとった(一般人には1ccもない)胸水が以前より増えてるんです!レントゲン真っ白!400cc超え!
 このときの絶望感ときたら…思い出したくもありませ〜ん!!!(道理でまだ痛い&熱が下がらないわけだよ…と頭のどこかでは妙に腑に落ちてもいたが)
 いつ退院できるかどころか〜死んじゃうのでは??? と勝手に考えだす始末。(入院時のメールには「心配しないで〜死ぬとかじゃないし〜」とへらへらしていたけれど、出口が見えなくなってきた〜)
 そのうえ、引越し!7階から9階。呼吸器のベッドが空いたための移動でしたが、これがこたえました…。
 社会で健やかに働いてらっしゃるかたがたには想像もできないでしょうが、引越し先の部屋に自力でトイレにいける患者は私以外おらず、
 (鼻から管通す)酸素吸入が1名、ほかも四六時中ゼイゼイヒーヒーいい続け、トイレや寝返りのたびナースコールし、移動は車椅子(イコール押してくれるひとが必要)つうメンバー。夜中など地獄絵図!耳栓なんて到底効かない状況です。
 おそるおそる「この病室はちょっと眠りづらくて…(眠剤はむろん入院初日からもらってますヨ〜。26歳から常用する私に睡眠薬への葛藤などすでになく、いつだって不眠が一番つらいのだから)」と変更を訴えるも、「呼吸器のフロアはすべてこんなですので」とにべもない。
 断続睡眠で連日「足して3時間」とか。ここで安静とか不可能じゃろ…7階に戻りたい…。
 (7階のは「とりあえずルーム」だったっぽく、20代のOLさんがスーツで夜半運ばれてきたりして活気があったんだもん…病人に活気もへったくれもないけど。
 虫垂炎の彼女は「実家に知らせる必要はありません。会社には自分から連絡します。なぜ本人が了解してるのに手術を受けられないんですか???」と痛さで半分泣きながら訴えてたっけ…。わかるわかるよ〜それぞれ事情があるじゃんか〜立派に働いて、数時間我慢して耐え切れず出頭したってのにそりゃないよね〜!てかめっちゃ痛いよね〜盲腸! →経験者)
 眠れず病名定まらずのママ1週間たち、
 入院してるってのに治療されぬ事態(朝晩強い鎮静剤を飲んでやっと夕方37度後半になるんよ〜。そりゃ体力なくなるわ…)に精神的にも参りはじめた私は「小さなことでもなにかあったら話してくださいね」という看護師さんに思いをぶつけたのでした。
 「ケガや骨折で少しずつでもよくなってるなら長期だって納得して入院します。多少痛くても治療に挑みます。でもこれでは…!」
 すると。「気持ちはわかりますよ。病気はつらいしひどいし、**さんのせいじゃない。高熱続きもしんどいでしょう。でも、病気には特定に時間がかかるものがあって、推理で治療はできません。もう少し辛抱してください。**さんは必ず退院できると思います。隣の病室にはすたすた歩けても肺がんのターミナルの患者さんがいるのよ。その人に比べたら**さんなんて…入院患者のなかで真ん中くらいなんだから!がんばって!ね!」って。
 ハ!なにわがままいってたんだアタイ…つうくだりですが、最後の「真ん中くらい」が気になってさらにモヤモヤ…肺がん末期の患者さんをいれて(こういっちゃなんだが)真ん中…ええええええええええええ!!!
 勤務先に「入院」といったとたん「こっちのことは気にせず、とにかく治療優先で〜お大事に!!!」と手のひら返したようにいたわられたのも思い出しました。
 強いワード。やっぱりおおごとなんですよ、入院級の病気って!そんなメンツで真ん中って…。
 動揺により本をもつ手もふるえつつ(そもそも多くの事由ですげえ簡単なのしか読めないんだけどよ〜)過ぎゆくとき(外界は黄金週間、かつバカみたいな好天続きでサア〜)を見送り、
 入院食を採ったり何度も血を取られたり放射線浴びたり、「キイイイイイイイイ!」つ〜奇声(肺をやられてるひとは頻繁に悲鳴上げたり咳こんだり痰吐いたりするため病棟全体がホラー)に朝までおびえること、さらに数日!
 やっと!!!や〜っと!!!血液に「それっぽい」値が見えてきまして〜。
 (告げられたのは一般人がぱっと聞くにはけっこうやばいやつだったけど、ここで決まらなきゃそれこそ肺がん!なので〜入院時には想像もしなかった病気でも、ハハア〜つって謙虚に受けとったしだい)
 (はるか昔ネットで知り合った関西の女医さんにも、10日「も」!かかったってのに「確定が早くてよかったですねえ〜やっかいなんですよ〜そいつの判断は〜」といわれたし、検索したところ同じ病気のひとはたいてい数ヶ月〜半年入院してるようなので、要は「美人主治医が決断のすばやいひとで助かった!」って話みたい。きれいで仕事もできるなんていうことナシや!)
 晴れて「では、対処治療を始めましょうか!!!」という流れに。
 やった!…とはじゃっかん違いますけれども、肝がすわってやる気になる私。
 治療がそのさきも都度難航するとは夢にも思わず!「がんばります!!!」と、目標を与えられ、はりきっていたのでした…(未来人としては肩を抱いてやりたい気持ちだわよ…)

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
まき。さん、
うう、涙なしでは読めません!本当にこんなに辛い想いを。。入院したことがないからわかりませんが、自分の体調に加え、周りの環境の悪さが!よく耐えましたね。。
nya
2015/05/21 20:15
それこそ逃げられないですしね。
今回の環境はちょっとひどすぎましたが、入院はそもそも「外来で対応できない」「外界を遮断し24時間つきっきりで治療する必要がある」病気や怪我の患者を収容するところなので、耐えるとかなんとかでいえば、そうなった時点でひどくつらい状態だし…(だからブログに3行くらい書くのもとてもしんどかった…)

今も治療中で(だいたい治るのに数年、「完治」とかはない)苦しいのに変わりないので(肺も痛いし微熱も続いています。副作用もあって)実のところお調子者ぶった日記もどうかな〜と思いつつっていう…
まき。
2015/05/22 10:23

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