平坦に思えるほど緩い坂道を。

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zoom RSS 入院の思い出 その3.

<<   作成日時 : 2015/05/28 15:19   >>

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 病名の特定、それにあわせた治療を始める際、美人主治医からいわれたのが「強い薬を服用するので副作用が考えられます」でした。
 たとえば…を問う暇もなく 1, 尿の変色 2, アレルギー反応による発熱、倦怠感 3, アレルギー反応による発疹 4,アレルギー反応による手足のしびれ などがキビキビした口調で挙げられ「体質の問題なので、ひとによりけりですけどね」とのこと。
 ハアそうですか…しかいいようがありません。治療優先!ネットで調べても「強くて副作用すげえ」とめっちゃ書かれてる大量の薬(4種類、3粒ずつ。ヤク依存しがちな私でもいちいち「よ〜し!」と思わないと飲みきれない…)をびびりつつもありがたく服用しだしたところ。
 (尿の変色はほぼ全員に出る症状で、痛くもかゆくもないためおいておくとして)早速初日から倦怠感と発熱が、2日目には膝、肘、踵、みたいな体のとがってるところ? に発疹と、脚のしびれが出始めたのでした。どひ〜全部やんか〜!!!
 総合点ではあきらかに体が弱く、肌も強くない私ですが、薬のアレルギー反応はこれまでとんとなかったのに…(あと、眠剤の耐性だと思うけど、風邪薬や酔い止めで眠くなるとかまったく!ない)ンなきっついやつを数ヶ月毎日飲み続けるのか〜。こわい!や!!!
 とかなんとか〜じたばたしてもしなくても〜やらなきゃならないのが「闘病」です!!!
 悪くすれば死ぬと東西の女医にきっぱりいわれたことだし(ウィキにも現在も10人にひとりは死んでる病つう記述が…)
 かゆいのはもっちろんイヤだけど、顔にさえなければ気持ちで耐えるし社会復帰も可能…そこだけなんとか!神様!とすがる思いで、のちあちこち飛び火する発疹に塗り薬や強めの抗アレルギー剤を服用するなどして泣く泣く対処し続けたのだけれども、
 あにはからんや、いつしかちゃ〜んと顔にも!!!「やっぱり!」つうか〜心底がっくしつうか〜〜〜〜。
 このたびの病気の、すべて「悪いほうに傾く」感じはなんなんだろうかと!この展開では最後まじ死ぬんじゃないかと!激しく落ち込んだものです。
 (肺は心臓や脳と同様「こじれたら簡単に死ぬ(酸素大事!)」部位。病棟でさらっと死人が出るし、なんつうか〜「死ぬだろうナ」ぽいひととともに暮らしてると元来どんな楽観主義であっても違ったメンタリティにならざるをえないんですよネ〜。まして悲観め人間においてをや…!)
 失って初めてわかる「健康」の大切さ。てのは有名な話ですが(なんせ、なくしたとたんクリーニング屋いったりコンビニでプリン買ったりするのが「できっこない」「憧れ」の行為となるんだからよォ〜)
 かぶれみたいな湿疹が全身に次々できて耐えられないほどかゆくなった折には「アレルギー持ちはつらいんだなア〜」と痛感し、アトピーのしんどさもうわべだけじゃなく思い知りました…いままでさらっと流してすまなかった!かゆくないって幸せだったんだ!
 といった面においては〜「視野が広がって今後ひとにやさしくできそう」なのが、数少ない「今回得たこと」のひとつかも。
 あと、同室に「突然退院が延期になった」患者さんがいらして。ついさっきまでご家族と退院後の暮らしをああだこうだいってて〜何時に迎えにくるわ〜的なことまで話し合ってたのに!!!(うらやましくて耳そばだて聞いておったのだ。カーテン越しだから音声のみだけども)
 「ん〜まだ無理かな!!!」って突然軽〜く宣告されるシーンにも居合わせてしまい!(by美人主治医。冷酷至極!だが、個人の怨恨なわけないから実際なにか予定どおりに進まなかったんでしょう。いやしかしだからって!あれはない!そのひとしばらく荒れてけど、気持ちわかりすぎるだけに生暖かく見守るしかなかったもの〜)
 退院予告が出ても浮かれないようにせねば…!と(まったく出てない時点ながら)教訓にしちゃうなど。
 え〜そんなこんなで。薬の副作用と戦い、あれやこれや抗アレルギー薬を試してはやめ試してはやめ、で、さらに1週間!!!(そのたび血液検査)(採血飽きた)
 晴れて!「アレルギー反応は消えてないけど許容範囲になったし、この調子なら退院も考えられますネ」と美人女医の言葉を賜った…あのときの喜びは忘れられませ〜ん!!!
 (まだ微熱は続いてたし水も残ってて不思議な部分はあったけど…つか「現在も」!!!だから、そこはさらに医学のわけわかんないんとこだけども)
 毎日(強い、大量の!)薬を飲むことを条件に。数日後、無事(撤回されることなく)退院できたのです!!

 入院中、死。孤独。老後。仕事。などについては頭が割れるほど考えさせられましたが、話せばどうしたって暗〜くなるし(明るい要素が一個もない)とりとめなくなるのでここでは割愛するとして〜。
 マネーの件のみざっくり書いておきますってえと。
 「入院はお金がかかります!!!」
 ちょ〜うかかる!!!ここは心しておかれたい。社会保険の被保険者「本人」であっても!入院で24時間体制の治療をされると瞬く間に何十万ものお金がとんでゆきます!
 (入院初期、集中して胸周りのありとあらゆるところを検査したせいもありましょうが)たった数日目、高額なんとかかんとか(一生覚えられないが、正式名称を暗誦できなくても申請できたし通ったので大丈夫!存在知らなくても入院時の一式に書いてあるから大丈夫!緊急の私だって〜追って請求できたから大丈夫!)の問い合わせをしに入退院受付窓口(思い返せば自力でここにも来れなかった初日…)をたずねましたら。
 「現時点で医療費だけで12万いくら」とかいわれ!!!思わずパジャマ姿のまま息絶えそうになりましたが(おあつらえ向き)
 さすが褒められたい国ニッポン!!!ポツダム宣言未読の人間が首相でも(そんな大人見たことねえわ!あいつには呆れるばかりだが日々「最悪」が更新されるネ〜。仮にも憲法改正を訴えるものが…教養以前に教育がなってない。政治家としてお粗末すぎる。敵を知らず矛盾ばかりの御託をのべる態度は大本営ゆずりか。吐きそう。もう何十回目かだけど)保険制度はきっちりしています!(いまのところ)
 社会保険加入者(とその被扶養者)は、ひと月何十万何百万円と医療費がかかっても上限いくらまでしか払わなくていい!つう親切な制度がありまして(その金額は収入によって決まります)アメリカ旅行中に盲腸で300万円請求!みたいなことにはならないのです。
 ただ〜なんの呪いか!!それが月ごとの計算のため、たとえ何百万円かかってもたとえば5月に入院して月末退院すれば「いくらぽっきり!」なのに、私みたいに(!)4月の終わりから5月だと単純に2倍!!なの!
 ほんとのほんとになにからなにまでついてな〜い!!!
 結局、病院からみればさして長くもない入院日数で「え、こんなに???」な額になってしまい、精算窓口のおばさまに「確定申告、ちゃんとやるんですよ? ぜ〜んぶ!ぜ〜んぶ領収書とっておいて!ネ!」などと親戚みたいにいわれてしまう始末。(するわそりゃ〜千円でも多く取り戻すぜ!)
 要するに。
 ふだんから重々感じてることですけども「健康、心底大事!!!」以外は主に、
 「親のありがたみ」(身を粉にして心配し看病してくれる母を見たらつくづく「親より先に死ねない」と思ったし、それを回復の原動力にもしたし、次に病棟にくるときは「看病する側を目指そう!」と熱く決意したしだい!)と、
 「お金の大切さ」が身にしみた!!!て話ですヨ〜(医療保険も入っておいたほうがいいわよ〜やっすいやつでいいから〜ぜんぜん違うんだから〜)
 3つとも失うときは3秒なのだからッ!!!な〜んて〜。知ってるよねエ〜みなさん…自分もとっくに、な…(歯切れ悪く終了〜)

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
うーむ、けんこうの大切さを再認識するとどうじに自分がいざこういう感じで入院したら耐えられますかな…両親遠隔地に住んでるしな、、と、考えさせられました。むー

中学生の作文みたいですが、早く良くなってくださいね!

nya
2015/05/28 22:38
ありがとうございます。実家が近くて幸いでした。そこは。
母親には感謝しかないですが、申し訳ない気もしましたね。70のひとに暑いなか洗濯物の運搬を頼むとか…(お金おろしてきてもらうとかほんと助かりましたけど)
これ5年後だったらお母さんも無理だろうな〜と思うし、思うけれども、5年後はさらに自分の体力も落ちてるわけでもっと重い病気にならないとも限らない。
こういうので人間は家庭をもつものなんだろう、といまさら学んだり。
(がしかし。弟一家に迷惑かけず死ぬには…とは始終考えましたが、結婚したい!とは微塵も思わなかった。そんな好きでもないひとの看病とか無理ですよ〜現実に見るとさらに)

とりあえず。健康を維持することがnyaさんの場合一番大事ですよね。倒れなければいいのだから。
でもひとはいつしか弱って死んでくし…ふう〜ため息ばっかりですよ!一人暮らし厳しいです!
まき。
2015/05/29 10:51
いつも本当に楽しみに読んでいます。

無事退院されて本当によかったです。
ちょっと安心したので、はじめてコメントします。

いろいろなアレコレをそぎおとして、入院についてもいつものように、いい塩梅の文章でつづられていて、どんなときでも自分を見失わない方だなあ、と改めてまき。さんを好きになりました。(当方四十路女ですので、告白ではないです。笑)

回復をお祈りしております!
yoko
2015/05/29 13:14
yokoさん、ありがとうございます〜。こんな情報量ゼロの日記を広いインターネッツル世界から見つけ読んでくださって…。

入院中と直後は気力体力ともに長文打てる感じじゃなかったものですから、これも回復の兆しのひとつかしらん…と思いつつ忘れぬうちにあげてみました。
(ほかにも、映画やトークイベントにぼちぼち出かけたり、念願の濃い味求めて外食も順調にしたりなど、現実に復帰しだしてます)
これからも薬を飲み、外来に通い検査し続け、よくわかんないんですけど腎臓も肝臓も要検査(!)らしいのでそっちでもアレするかもしれなくてゾッとしますが、
人間、中年まで生きると九死に一生に近いような思いをしてもなかなか変わらないみたいですよ…と、カレーやとんかつをすぐ食べだした私は身をもってお伝えしたいです。(こういう性分だから病気になるのかもしれないが)
まき。
2015/05/29 17:03

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