平坦に思えるほど緩い坂道を。

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zoom RSS マイナス思考上等。

<<   作成日時 : 2017/01/28 09:30   >>

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前職場の友人より送られてきた、
(ある日ラジオから聞き覚えのある声がして耳をすませば彼女の名。新刊の宣伝にきた編集担当としてだった。ご飯食べる際と寸分違わぬ口調に「ハア〜落ち着いてんな〜」と感心し「堂々としてたじゃん!」っつってメールしたら「土曜のAMラジオ、きいてるひともいるのねえ」とかあきれられたのち「あれすっごく緊張してグダグダだったの〜落ち込んじゃったヨ〜」とのこと。本人の評価はそんなもんなのかも)
医学ミステリーにあったように。「鬱気質のほうが、実は頭が切れ、記憶力も能力も高く、社会に貢献」というのは果たして本当だろうか。
ならば私は…。似非だから? それとも単にクヨクヨ病なだけ?
いささか衝撃を受けたところでタイミングよく、というか完全なるタイムフリー、否、時代遅れに等しく読んだのがココロ社さんの『マイナス思考法講座』だった。今の自分にこのうえなくジャストなやつ…。
発刊は2010年。震災前だ。
前向き。繋がり。家族。絆。美しい国。輝け。総活躍。この道をまっすぐ。などの狂気じみ、かつ極めて軽薄な「声かけ」の存在しなかった我が国をなつかしく思い出しつつ、
津村さんの読書エッセイきっかけだったのだけれど「自分は嫌われている。の前提にたてばそれ以上嫌われない」「自分を好きなひとはつまらない話を存分にする」「プラス思考は往々にして他人に迷惑をかけ、気を遣わせ、一切気づかない」「ありのままで可愛いのは幼児と動物だけ。成人がありのまま生きて愛されるわけない」等々の名言に酔う私。
「他者にとって自分は取るに足らない存在であるのを肝に銘じろ。なにもしなければ好かれも嫌われもしない。記憶にすら残らない」なんて、ある意味救いの言葉ではないか。
前向きや楽天的な思考を持つ人たちのあげ足をとるのではなく、なるほど…な事例とワークばかり。頭のいいひとは違う…と津村さんでなくても口あんぐりの卓越した整理整頓&プレゼン能力だ。
だいたい「ポジティブシンキングなひとはえてして攻撃的で、すぐ怒る」「そんなひとからは即座に距離をおきましょう」というのが金言だ。もっと早くこの本を読んでいれば。
「怒りっぽいひとは、最初、正義感が強く、ものごとをはっきりいっているだけのように見えます」…そうそう、そんなひとのせいで私は職場を追われたのだよな。
「怒りっぽいひとは治りません。今違うひとに当たっていたとしても、いつ自分に矛先が向かうか知れず、様子を伺ったり標的にならぬよう努力する時間は無駄でしかないのです」その通り!ひたすら正しい解説が並ぶ気持ちよさ。
思えばこの国だって。自己肯定に走らず、いく層にも卑下していたころのほうがはるかに愛らしく暮らしやすかった。勤勉。賢い。親切。美しい。緻密。正しい。そんなことを自らいうようになるにつれ、右肩下がりで(私の)「愛国心」は底をついた。
20年前は、行く先々の言葉で「私は日本人です」を覚えてはいってみたものだけれど。今はきかれなければ口にしない。
排他するものは排他される。当たり前のことだ。相手の反応みて動きを決めるのが良識ある態度だし、自分を勝手にどれだけ高く見積もろうが、無知は恥、脊髄反射の叩きなど言語道断、幼稚でさもしい根性の表れだ。
そんな行動を繰り返して人間社会から愛されるものか。
つって。マイナス思考をますます磨きながら生きるぞと決意を新たにした私であった。
引き続き『くよくよマネジメント』も読んだりな。ていうか〜まんまとこだまさんのに夢中になってんだけど〜それはまた別の話。

写真ははるか昔内定をもらった会社。いまさら毎日前を通るとはねえ。

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