みおくる。

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そんなこんなで私の親は母だけになってしまった。
いまは長い旅行から戻ってきたような重い疲れが残り、悲しみよりぼんやりばかりだ。

緩和ケア病棟に連泊する母のサポートで朝から晩まで病室にいたり、病院から出社したり、自室から出直したりの日々にも決着がつき、
(おだやかな最期だった。妻と息子と娘が一日そばにつき、いったん20時くらいに自室に戻った22時半、電話が。「看護師さんが、もうだめだと思うからお子さんたち呼んであげてって」。タクシーでかけつけたものの厳密には間に合わなかったんだけれども、再び家族全員そろい、夕方までは孫も嫁もいたのだ。痛みも苦しみもなし。かなり恵まれた終えかたではなかろうか)
その後は。
餅屋は餅屋だな~って感慨が諸所ありつつ、手続きと届けの半端ない量に追われこっちが虫の息(まだ終わってねえし)。
葬儀関係の天上知らずさにもな。結婚式などいい話ならば予算オーバーもうれしい悲鳴だろうが、最低限だと故人がかわいそうだとか見栄えどうこういいだしたら秒ですごい額が飛んでいくシステム…。戒名とかさ。
本人の「通夜も葬儀も家族以外呼ばなくていい。妻と子どもが見送ってくれれば」という意向に沿うべく奔走したのだが、
あのいとこは呼んでこっちはとか、詰められて説明に窮する場面も(弟が喪主となり大奮闘してたため、電話連絡は不肖私が。それなりにハードな役でしたよ)。
都市部の火葬場不足は深刻で(建てようとすると住民の反対がってやつ)告別式の会場に一番近いところは12日(1週間以上待機…!)が最短、そりゃあんまりだって次点を探すも同じくらい…そのまた次の<ぐっと式場から遠くなるけれども「9日にできます」と返答してくれた焼き場>にお願いすることになったのだが(初夏になくなった友達もびっくりするほどお通夜まで日を要したっけ)。

なんの因果か、ようやく段取りつけたその日は「あの台風明けの」首都圏大混乱の月曜日…!(神の思し召しでしょうか。浄土宗だけど)
車で実家から30~40分の場所にいくのに想定外の2時間半以上かかってしまい(緊張と積み重なる睡眠不足で吐きそう&ふらふら)「故人の妻と娘が遅刻、読経の途中登場」という失態を演じたり、父の実の兄弟が骨を拾えなかったり、葬儀の間に「新宿にも着けない~」と悲鳴メールを受信したり、めちゃくちゃだった。
おまけにあの暑さ。36度とか? でもでも。
やれるだけのことはやったのだ。
これ以上闘病が続いたら母は倒れていた。弟もなるべく在宅でできる仕事(会議とかもホスピスから参加)を選んで病院に通ってくれたが、遅刻早退を繰り返す私を含め、もろもろ限界なのを父はみてたに違いない。
別人のようにやさしくなり(入院直後ははっきり話せたので)「ふたりともいい子に育ってくれてうれしい」「●●(私)はやさしいなあ。迷惑かけてごめん。遅いからもう帰れ」とかいってみたり、
なにより母に、50年近く一切謝罪や感謝を述べてこなかった母に!!
日々「君と結婚してよかった」「よい人生だった」などなど伝えてたそうなのだ。うわ~ん!
悔いなしとまではいいきれないけれど、私が父だったら「幸せだった」にマルできるラストだと思う(認知症になりたくない。ぎりぎりまで飲みたい。妻より1日でも早く死にたい。延命治療は一切やめてくれ)。
あと、弟の奥さんの泣ける話。
いつかの「ごはん会」(義妹が料理をふるまってくれる集い)で、珍しく食欲のあった父がお手製のしじみ汁に喜び「おかわりある?」ときいたところあいにく残っていなかった。それを彼女は気に病み続けてたらしく、
病室に作ってもってきてくれ、母が大感激し父の口元に運んだら「うん、おいしい」って少し飲んだんだって! また聞きの身で泣きそうになっちゃったわよ。
あと、その一人娘こと孫が毎日作って増やしてった、病室のペーパーフラワーたち(画像参照)。自発的に新たなお花をもってきて、しかも、みよ! 徳利花瓶なんだから~。おじいちゃんお酒飲みだったもんね…。

考えてしまう。生まれること、死ぬこと。ほかのすべて、この一瞬一瞬が取り返しつかないことを。

この記事へのコメント

Dっち
2019年09月26日 00:06
ペーパーフラワーが、本当に美しいですね。
家族に愛される。当たり前のようで意外に難しことのような気がします。
まき
2019年09月26日 09:48
Dっちさん、ありがとうございます。
色彩感覚、優れてますよね~。このあとも何度も追加を持ってきてくれて、毎日楽しみでした。絶望のなかの灯火…。
おばバカ炸裂で、これは美術の才能があるのでは? とか思っちゃうんですが、実の親たちいわく「いや、べつにふつう」だそうで…でも思いやりも含めていい子! と大声でいいたいです。